まことに、まことに、あなたがたに告げます。死人が神の子の声を聞く時が来ます。今がそ
の時です。そして、聞く者は生きるのです。(ヨハネの福音書5:25)
「まことに、まことに」というヨハネの福音書特有の表現は原語では「アーメン、アーメン」であり、今からイエスが語ることの重要さが強調されている。ここでの「死人」は、神から離れ、霊的に死んだ状態にある人のことか。「いのち」と訳されている、神との交わりの中にある豊かないのち「ゾーエー」と対照的に語られている。しかし、そんな「死人」が神の声を聞く時が来るとイエスは語る。「イエス・キリストは神のことばである」と本福音書が冒頭で言明しているとおり、神の人に対する御思いを人間に伝える「ことば」として、イエスがこの世に遣わされてきた。罪を犯し神との交わりが絶たれていた人間に、なお語りかけておられる神の姿がそこにはある。そして、私たちは今も聖書を飲むことによって、神の声を聞くことができる。
さらにイエスは、やがて、肉体的に死んだ者も皆、神の前に立たせられ、審判を受ける時が来ることを語る。「善を行った者」すなわち神の前に正しく歩んだものはいのちを受ける。神は、罪人である人間に、イエス・キリストを救い主だと信じることで義人とみなされる道を用意してくださった。そして、いのちを受けるのは、「今」であると、イエスは私たちを救いに招く。「今は恵みの時、今は救いの日」(第二コリント6:2)なのだ。この恵みをむだにすることのないように、今、神の声に聞き従い、またこの神のことばを伝えていくものでありたい。