からだを殺しても、たましいを殺せない者たちを恐れてはいけません。むしろ、たましいもからだもゲヘナで滅ぼすことができる方を恐れなさい。(マタイの福音書 10章 28節)
(ヨハネの福音書9章より)
「本人に聞いてください」。目が癒やされた事の次第を尋ねられ、盲人の両親がそう答えるしかなかったのは、息子のことばの通りにイエスが癒やしたなどと言おうものなら、家族全員が社会的立場を失うという場面でのこと。何としてでも自らの立場を守ろうとしたパリサイ人たちの圧力の前でのこの言葉を、家族を見放したと単純に責めることはできないのではないか。
私たちクリスチャンは社会の中で自分の信仰者としての立場をどうあらわしていくべきか、問われる場面に遭遇することがある。本当に恐れるべきお方、神を恐れ、その神の御旨をいつも聖書の中に確認しながら歩むことが求められている。いのちの源なる神なる「イエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥とせず(ヘブル人 2: 11)」にいてくださる。私たちもこのイエスの福音を恥とせずに歩んでいこう。